夏の夜、屋根の上


夏の夜は眠れない。
だからいつも屋根の上にいる。
あたしの部屋の窓を開けて、脚を伸ばせば、もう屋根の上。
そこに座って、いろんなことを考える。
明日のこと、ご飯のこと、勉強のこと、将来のこと。


どこからか、花火の音が聞こえた。
ひとりで騒いでる声も聞こえてくる。
ひとりで花火するなんて、なんて悲しい人。
それに、あんなに騒ぐなんて。
あたしは屋根の上でひとり。
来週の学力テストのことを考えてた。
ほんとは勉強しなきゃならないけど、その気になれない。
下から声が聞こえてきて、誰かと喋ってるのかと思ったら、あたしに話しかけてた。
「なんで屋根の上にいるの?」
そう訊いてきた男の人、右手にスーパーのビニール袋を持っていた。
中には使い終わった花火。
さっきの悲しい人はこの人だろう。
「眠れないから」
あたしが答えると、男の人は笑って言った。
「俺と同じだ」
「だから花火してたの?」
「そうだけど、聞こえてた?」
「うん、騒いでる声も」
「近所迷惑だったな・・・・ねえ、そっち行っていい?」
「いいけど、来れるの?」
道路から屋根にのぼるなんて、無謀のように思えた。
「屋根のぼるのなんて簡単だよ」
男の人はそう言うと、家の庭に入って、屋根にのぼり始めた。
簡単そうには見えなかったけど、のぼることはできた。
「名前なんていうの?」
「マサノブ」
あたしの隣に座った。
「ふぅん、マサノブ」
「そう。正しいに、信じる、で、正信」
「正信、何歳?」
「18。おたくは?」
「15」
「年下か。名前は?」
「おしえない」
「え、呼ぶとき困るじゃんか」
「おたくでいいよ」
「あっそ。中三? 高一?」
「高一。正信さんは質問するの好きだね」
「おたくさんと仲良くなりたいからね」
「なんか、おたくさんってイヤだな」
「おたくがおたくでいいって言ったでしょ?」
「まぁ、そうだけど。でもふつう、おたくとは呼ばないよ」
「じゃあ名前教えてよ」
「それなら、おたくでいい」
「おたくさん、変わった性格だね」
「よく言われます」
正信さんは脚を伸ばして、あたしの隣で寝転がった。
その時に、ちらりと見えたお腹をつま先で軽く蹴ってみた。
「何?」
「なんでも」
「おたくさんはいつまでこうしてるの?」
「眠くなるまで」
「俺と同じだ」
「眠くなるまでここにいるつもりなの?」
「うん、そのつもり」
「勝手だよね」
「よく言われるね」
あたしは正信さんの隣に寝転がった。
黒い空に浮かぶ、月と星と雲が見えた。
「正信さん、眠れそうにありません」
「俺と同じだ」