カメレオン


「カメレオンになりたい」
突然そう言った、隣の席の男の人。
名前は知ってるけど、顔も知ってるけど、
一回も話したこと無いからそれ以外は何も知らない。
多分独り言だったけど、訊いてみた。
「なんで?」
大宮くんはこっちを不思議そうに見た。
初めて人間を見たような、そんなかんじの目で。
「誰?」
名前くらい知ってくれてると思ったのに。
「山本憂」
「山本さん、ね」
「なんでカメレオンになりたいの?」
「空色に染まりたい」
「なんで?」
「キレイだからだよ」
「ふぅん」
大宮くんは窓の外を見る。
空を見てるんだろうな、空色の自分を想像してるのかも。
「でも、全身空色って嫌じゃない?」
「嫌じゃない、気持ちよさそうだ」
「空だけ?」
「いや、草色とか土色とかもいい」
「一体化したいの?」
「一部になりたい」
「へぇ、わかんないなぁ」
「空の一部になりたいってことだよ?」
「違うよ、その気持ちがわかんないの」
「わかんなくていいよ」
「その言い方嫌だな」
「じゃあ、山本さんは何になりたい?」
「このままでいい」
「僕にはその気持ちはわからない」
「ふぅん」
「わかってもらわなくてもいいって思うだろ?」
「うん、まぁ」
大宮くんはまた窓の外を見る。
空はきれいな薄い青色で、気持ちよさそうだった。
「わたしもカメレオンになりたいな」
大宮くんはこっちを振り向く。
「そうだろ?」