ドーナツ


雨。
わたしの部屋のソファでふたり。
片方ずつイヤホンをして。
半年ぶりに返ってきたよっちゃんと窓の外を眺めてた。
どんよりした灰色の雲が街の上に広がって、空と太陽を隠してる。
「曇ってるとさ、時間が早く進んでるように感じる」
よっちゃんの声は聞こえてたし、言葉だって理解した。
でもイライラしてたわたしは、ジーパンの裾をいじりながら、何の返事もしなかった。
「無視?」
よっちゃんはわたしの顔をのぞき込む。
「晴れてたほうが早いよ」
わたしがそう言うと、よっちゃんは笑った。
なぜか恥ずかしくなった。
「なにイライラしてんだよ、仕方ないだろ?」
「だってさ、せっかく帰ってきたのに」
「だからって、イライラしてもどうにもなんないだろ?」
「わかってるよ」
わたしは俯いて、膝に指で文字を書いたりしてた。
左耳から聞こえてくる曲、違う曲に変わった。
よっちゃんに会ったときから、よっちゃんが好きだった曲。
今はわたしの好きな曲でもある。
よっちゃんはわたしの頭を軽く叩いた。
わたしがよっちゃんを見上げると、よっちゃんは窓の外を指さしてた。
その先を見ると、広がる灰色の雲、その中に青いまる。
雲がすこしだけ晴れて、青い空が見えていた。
「海でも行く?」
「うん」
よっちゃんは、膝の上にあったわたしの手を握った。
停止ボタンを押して、イヤホンをはずす。
立ち上がって、一歩進んだよっちゃんの手をわたしは引っ張った。
「どうした?」
「やっぱり、全部晴れるまで、もうちょっと、ここにいたいな」
わがままだって、わかってた。
さっきまで出掛けられなくてイライラしてたのに、
やっと晴れて、海に行こうとしたら、嫌だなんて、なんてわがまま。
それでも、よっちゃんはわたしの手を握ったまま、ソファに座ってくれた。
「音楽きく?」
「ううん」
そう言って、よっちゃんの手を握りしめる。
よっちゃんの顔が近くなったと思ったら、唇と唇が軽くあたるだけのみじかいキス。
よっちゃんの長いまつげが見えた。
よっちゃんの茶色できれいな瞳が見えた。
わたしが笑うと、よっちゃんも笑った。
「もうちょっとだけ、こうしていようか」
「うん」
わたしの部屋のソファでふたり。
片方ずつイヤホンをして。
徐々に晴れていく空をふたりで眺めてた。